『マラソンマン』

学生時代に観た古い映画で『マラソンマン』という洋画があります。タイトルのイメージとは裏腹にサスペンスホラーな内容の物です。
ある理由から自分の意志とは関係なく、ただやみくもに走り続けなければいけない主人公。それをやめれば死に至るかもしれないから。
長い距離を走る事が自分は好きです。元々、自分の体は短距離走よりも長距離走向きの体質なのだと思います。
件の映画のように切迫した状況の中、好きでもないのに嫌が上にも走り続ける事よりも、やはり自らの意思でジョギングをする事が精神衛生的にも、また健康面の上でもとても良い事だと思います。
勿論、フィクションである映画と現実のそれを比べてもそれは仕方の無い事なのですが。
走るという事は呼吸をする事です。走る事で酸素を吸い、またそれを吐く。その繰り返しの有酸素運動です。
毎日、継続して走る事ができるならそれは理想的な事だと思います。それが安易な事ではないから、自分も含め世のランナー予備軍は苦労しているのだと思います。
体内に酸素を取り込む有酸素運動は、それを始めてから約20分から30分が過ぎた時点から体内の脂肪が燃焼しはじめます。
ランナーが走る理由はランニングのスキルの向上のために、タイムの短縮をするためにですが、人によっては体内のコレストロール値を下げるために、自身の体型を変えるために走る事を始められた方も決して少なくは無いと思います。
楽をしてお金は手に入らないのと同じように、楽をして体型を変える事もそれは無理な事なのかもしれません。何かしらの目的のためには何かしらを犠牲にしなければならない。
辛い、しんどい、やめたいと思う想いも、自身が最優先とされる目的完遂のためにはそれを払拭して余りある、最優先事項を成し得るための最大の原動力なのかもしれません。
最初は1キロ走るのも息をきらせて大変だったのも、それを半年、続ければその時は普通に5キロ走れる、また10キロ走る事ができるようになっているのかもしれません。
継続は力なり。諦めたらそこで試合、終了です。そう全国レベルの元アスリート選手は仰るかもしれません。スポーツが、そして走り続けれる事が自分は好きです。誰がために?いえ、自分のためにです。

ジョギングに関するコラムを見つけました。もし、よろしければご一読下さい。https://undou-nagoyashikitaku.com/